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自己紹介!Karenってこんな人

自己紹介

こんにちは!もしくははじめまして。Karen(@Tiramisu_Karen)です。

 

ブログを始めて早くも1ヶ月と少しが経ちました。

改めて自分のブログを読み返してみて、「自分のことについて全然書いてないなー」と気がついたので、今更ですが自己紹介です。

 

なお、念のために言っておきますが、私はなんのすばらしい経歴の持ち主でもなんともありません。そのことについては予めご了承ください(笑)。

 

略歴

1992年3月30日 愛知県の田舎で生まれる

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 真ん中が私。いかにも末っ子なポーズ(笑)。

 

「花蓮(かれん)」と命名される。両親曰く、可憐な子に育って欲しかったのと、海外でも通じる名前を付けたかったのが由来だそう。個人的には気に入っているので親に感謝。

その後3人兄妹の末っ子として甘やかされて育てられる。

今では考えられないほど恥ずかしがり屋で、幼稚園でもおとなしかった。

4歳くらいの時、1ヶ月間ホームステイでアメリカからやってきた留学生と共に過ごす。当時、近くの川で溺れたものの、奇跡の生還を果たしたことのみ記憶に残っている。

 

1998年〜2004年 田舎の小学校に通う

小学低学年までは親友の「まやちゃん」と二人で遊ぶ日々。依然として大人しく引っ込み思案な性格だった。

高学年あたりから段々と活発になる。付き合う友達にも変化が起き、外で遊びまくるようになる。と同時に、クラッシュバンディクーにもハマり、一気に視力が低下する。母に激怒されゲームが没収される。

当時、習字、ピアノ、新体操、テニスなど色々な習い事に通ったものの、まともになったのはテニスのみであった。もっと真面目に通っていればよかったと猛省している。

 

小学5年の頃、姉がデンマークへ一年留学する(姉は当時高校2年生)。

家族旅行でアメリカに行って以来、海外に興味のあった私は、留学する姉を見てかなりの影響を受ける。それから漠然と「海外に住んでみたい」と思うようになる。

 

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 姉と父と。

2004年〜2007年 田舎の中学校に通う

中学生1年生で最初に受けた試験の結果が非常に悪く、全200人中でも後ろから数えた方が断然早いほどのひどい順位だった。もともと勉強は全くする方ではなかった。

 

が、中学2年の後半で将来の夢ができる。「キャビンアテンダント」になりたくなる。

調べたところ「頭良くないとなれないんだ!」ということに気づき、そこで勉強する意味を見つけ、(それなりに)勉強するようになる。

 

中学3年時、海外の友達がとにかく欲しかった私は、当時ほそぼそとやっていたブログを通じて海外のペンパルを見つけることができるサイト「Japan Guide」を知る。

www.japan-guide.com

 

それからポーランドの女の子「ドリちゃん」と文通をするようになる。ドリちゃんから送られてくる荷物から香る、なんとも言えない「海外らしいにおい」と、習いたての英語で海外の人とコミュニケーション出来ている喜びでいつもワクワクしていた覚えがある。

 

2007年〜2011年 田舎の高校に通う+留学

海外に興味津々の私は「国際コース」がある地元の高校で英語に特化した授業を受けることになる。中学の頃とは異なり、「海外に興味のある子」が周りにいることで、価値観が合う者同士でとても楽しく充実した高校生活を送る。

高校にあった交換留学制度を利用するため、試験とディベート、面接を(ギリギリ)通過し見事念願の海外留学の夢を果たす。

オーストラリアへ10ヶ月。オーストラリア訛りの英語を習得して帰国する。

 

高校3年の時、中学から文通を続けていた「ドリちゃん」と日本で会うこととなる。インターネットを通じて知り合った人とリアルに対面する初めての経験。とても緊張したけど大阪観光を一緒にできたのはとてもいい思い出となった。

 

2011年〜2015年 地元の大学に通う

県外に出てまで学びたいこともなかったため、地元で自分のレベルにあった大学に進学。英語をこれ以上勉強する意味も見出せなかったため、語学が好きな私はフランス語を専攻する。

案の定フランス語にどっぷりハマった私はフランス留学もしたくなる。

タイミングよく教授から交換留学を推奨され、行くことを決心する。大学2年から9ヶ月半、フランス留学を経験する。とても色濃い日々だった。

帰国後、就職活動が始まるも、俗に言う「レールに乗っかった人生」を送ってきて、将来について真面目に考えたことのなかった私は人生の路頭に迷う。

「やりたいこと」なんてわからない。漠然と「海外で働いてみたい!」という思いがあるのみ。

「シンソツって大事だもんね。」と自分に言い聞かせ、乗る気のしない就活を周りに流されなんとなく進める。

手に職を持てば、海外でもやっていけるだろう、と就職活動の途中で気づき、IT企業に絞り、SEとなることを選ぶ。

 

2015年〜現在 会社員

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昨年(2015年)、台湾にて

 

ITリテラシーもくそもない状態で入社。いわゆる文系SE(ということ)となる。

「手に職を」という思いだけで、ITに特に興味もなければ、自分の性格や得意分野を考慮して就職活動をしなかったため、「楽しくない」と悩む日々が続く。

 

このまま定年迎えるなんて嫌すぎる…。という思いが募り、転職エージェントに足を運ぶも、いまいちやりたいことが見つからない日々が続き、ズルズルとなんの変化もないまま会社員2年目を迎える。

 

2年目になって数ヶ月経った頃、仕事が暇になり18時には帰宅できる状態となる。

「自分の時間が5時間以上ある!!!ひゃっほい!」となり、本を読み漁る。

 

そこで運命的な出会いが起きる。

それは、超イケメンで長身の、知的な男性……ではなく、

 …この本である。

20代の貴重さとしみじみと感じるようになる。同時に、いかに無駄に過ごしていたかを痛感する。

その後、経緯は覚えていないが、プロブロガーであるWSBIさんのサイトを見つける。

『新卒フリーランス』の肩書を持つ彼女に多大な影響を受ける。

「こんな生き方もあるのか…!」

もっと自由に生きたい、楽しく生きたいという想いが募るようになる。

同時にIT知識の重要性や可能性に気づくようになる。

 

それから真面目に自分と向き合うようになり、このままじゃいかん!と、自分の興味あることをとことん行動に移すようになる。

その頃、自分が「人生最大の岐路に立っているのではないか⁉︎」と感じるようになり、今その瞬間考えていること、思っていることを残していきたいと思いから、Twitterやブログを始めるようになる。

 

その後、色々な経緯を経たのち(本当に色々とありました)、来春からアメリカに行くことを決心する。

 

 

…現在に至る。

 

人生を振り返って

あらためて「海外」との接点が多い人生と送っているなとつくづく感じました。

思えば、「カレン」という名前をつけられた時から海外に対する意識が強く入っているなと(笑)。

 

念のために断っておきますが、私は日本が嫌いとかそんなことは決してありません。

日本の治安の良さや、料理、伝統、テクノロジーはむしろ誇りです。

でも生まれ育った国だから、特に苦労もなく生活できてしまう、というところが退屈に感じてしまうんです。海外に行って知る新たな価値観とか、異文化とか、そういうのに触れるのが楽しくてたまらないのです。

 

来春からアメリカに行くことが決まりました。

先日の大統領選で暴動が起きるなど、渦中の国に行くわけですが、むしろそんな「歴史的な出来事」が起きたばかりの国で生活できることはとても光栄に思います。

何が待ち受けているのかな〜とワクワクが止まりません!!

 

 

アメリカに行けば、もっと内容の濃いブログを配信できるかなとも思っています。

みなさま末長くご愛読ください。

 

それでは!